甲子園の丸ちゃん(^-^)v

自分ごと
08 /16 2017

先ほど地元群馬の育英高校が、高知の明徳義塾と対戦し、勝利しました。

少し前の記事にも書いたのですが、育英の背番号8の丸山くんという子が、今日も活躍していました٩(^‿^)۶

最後には、センターからピッチャーに移り、勝利を決めました。

甲子園のエイト《背番号8》の丸ちゃんの活躍に、私としては珍しくテレビの前で歓声をあげました(^◇^;)

敗れた明徳の選手達も、全力で戦っていて、清々しい気持ちになりました。

感動をありがとう(*´ー`*)


自分ごとでしたm(_ _)m
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平和を願う日

自分ごと
08 /15 2017

今日は終戦記念日。

先日のヒロシマ・ナガサキ…そして今日と、8月は祈りを運ぶ機会が多い月です。

今日を境に価値観を180度変えさせられた世代。
もうだいぶ前に亡くなりましたが私の父(昭和4年生まれでした)の世代もそうだったようです。
終戦の時、父は16歳になる少し前。
戦争には行ってなかったと思いますが、終戦後自分の気持ちをどう整理したらいいのか分からず、やさぐれたそうです(⌒-⌒; )
生前、酔うといつもその頃のことを話していたので、よほどやりきれなかったのでしょう。

一昨年亡くなった母は、終戦の時は12歳。
生前、母が昔のアルバムを見せてくれた事がありました。
その中で印象的だったのは、小学校の卒業記念みたいな集合写真。
昭和20年の3月。
戦争末期、誰もが、日本は負けるのでは…と感じながらも、誰も口には出せなく、重苦しい頃だったと思います。
でも、その集合写真の子供達は、みんなとびっきりの笑顔でした。
今の子供達と同じ。
笑い声が聞こえてくるような写真に、驚いたものです。

そして、なぜこの子たちはこんなにも笑ってるんだろう?
…と考えました。

母に聞いたけど、昔過ぎて忘れたらしい(⌒-⌒; )

思い至った答えは、
これを撮ったカメラマン(大人)の願いの表れかな?
…でした。

被写体である小学生の子供達が、その時の状況をどこまで理解していたかはわからないけれど、カメラマンさんは、せめて《笑顔》を残したいと思ったんじゃないのかな?
だからきっと、撮りながら、面白い事を言って笑わせたりしたんだろうな…。

大人であるカメラマンさんは、悪化していく戦局への恐怖を心に閉じ込めて、被写体の子供達の明るい未来を願ってシャッターを押したんだろうな…。

そんな事を思いながら、お盆で帰ってきている両親を感じています。



終戦から72年も経ってしまうと、先日の原爆忌同様、直接体験した人の方がはるかに少なくなってしまいます。
それは仕方のないことだけれど、昨今の世界情勢を見聞きするにつけ、心から《平和》を願わずにはいられません。

「イージス艦」「PAC-3」…
そんな言葉が当たり前のように情報番組から流れるって、やっぱり異常だと思います。


あれから32年。

自分ごと
08 /12 2017

日航ジャンボ機の事故から32年経ちました。
前の記事風に言うなら
《丸山1才9か月のとき》
《大倉0才3か月のとき》
…となります。

エイターになってからは、
「あ、たっちょんの生まれた年だ…」
と気付き、たっちょんの年齢で何年前かを思い出しています。



御巣鷹の尾根は、当県。
私は社会人3年目の夏でした。
会社帰りの車のラジオで、飛行機が落ちたらしいことを知り、状況が分かってきたら、それが群馬だと知り、とても驚きました。
翌日からはお盆休みで、ちょうど叔母の新盆だったこともあり、集まった親戚の人たちとテレビのニュースをずっと見ていました。
家の外からは、現地へ向かうヘリコプターの音がずっと響いていたことを、はっきり覚えています。


映画『クライマーズハイ』も、映画館で2回ほど観ました。

群馬とは言え、私の実家からも今の住まいからもだいぶ遠い場所でした。
それでも毎年この日が来ると、尋常ではない数のヘリコプターの音が蘇ってきます。

なんでもそうだけど、年数が経てば記憶は薄れてしまうもの。
だからこそ、せめて《その日》にはちゃんと思い出して、空の安全を願う日にしたいものです。





一途…

自分ごと
08 /10 2017

今日は、久しぶりに高校時代の演劇部仲間4人でランチをしました(^人^)
名古屋在住のお友達も来れたので、久しぶりにワイワイ賑やかなひとときでした(*^◯^*)

私がエイトを応援し続けていることも知っている仲間。
以前会った時は、呆れられてたと思います(^◇^;)

でも、
今も熱心に応援していることに対して、1人のお友達が
『一途なんだね…』
と言ってくれました(*^_^*)

『追っかけ』と言われることはあっても、『一途』と言われたのは初めて。

なんか、この歳でアイドルに夢中になっている事が、くだらない事ではないと認められたようで嬉しかったです(*^_^*)

それも、エイトの番組が増えて、一般の人達の目に触れる機会が増えたおかげだと思います。
改めてエイトを誇らしく思いました。


ついでに言うと…

昨日の今日で、《ヨコan》の話題でもひとしきり盛り上がりました(⌒-⌒; )
既に立ち読みをした友達、帰りに立ち読みをした…とLINEして来たお友達(^◇^;)

感想は揃って《綺麗》(*^^*)

もっと盛り上がったのは〈DVD〉について(⌒-⌒; )
私はもちろん見ていないんだけど、
「せっかく付録で付いてるんだから、そりゃ見なきゃ」
と煽られた…( ̄▽ ̄)

うーん(−_−;)


あ、でも、ヨコちゃんのページ、確かに美しいですね(^人^)
時間が経って、やっと冷静に見られるようになりました(^◇^;)
いやらしさは感じませんが…
ひたすら《オトナ》のヨコちゃんですね。


ただ…
丸ちゃんもいつか…とは、私はやっぱり思えないです、今は(´・_・`)
そこに出るって事は世間的に認められる事かもしれないけど…。
丸ちゃん、出てみたいってやっぱり思うのかな?

ananじゃなくても、色気たっぷりの写真はよく掲載されてるし。
私はそれで充分です。

丸ちゃんの色気、オトコの部分は、ライブでのパフォーマンスや、その映像でファンがうっとりするだけに留めて(´-`).。oO
そこは世間に知られたくない…(´-`).。oO
…なんてね。

あ、でも1人のだったら、女性との絡みがなければいいかな(´-`).。oO

うーん、支離滅裂(>人<;)
ワガママな一途でごめんね、丸ちゃん(´・_・`)


お散歩中に見つけたセミの抜け殻(@大切な日)
丸ちゃんらしい優しさに溢れた今日の〈大切な日〉、ほっこりしました(*^_^*)


では、明日も丸ちゃんや皆さんが元気でありますようにp(^_^)q
おやすみなさい☆彡


mさん、Sさん、拍手コメントありがとうございましたm(_ _)m
追記へどうぞ(^-^)/



拍手ありがとうございますm(_ _)m
気にかけて頂き嬉しいです(*^_^*)


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もう一つの祈りの日

自分ごと
08 /09 2017

今日はナガサキの日。

新聞には
『長崎を最後のひばく地に』
と書かれたキャンドルの写真が載っていました。
ひらがなと、字の感じから、小学生が書いたものでしょうか。

〈怒りのヒロシマ、祈りのナガサキ〉
とも言われているようです。
クリスチャンが多い長崎での原爆忌の映像は、教会で祈る方々の姿が印象的です。

数年前に観た、二宮君と吉永小百合さんの映画『母と暮らせば』。
長崎の原爆で亡くなった息子が、母のところに幽霊となって戻ってくる話。

幽霊の息子と対面しても、驚くこともせず、いつもどおりに穏やかに振る舞う母。
随所で静かに祈りを捧げる母。
この穏やかさが、逆に悲しみの深さを引き立てていました。

長崎は、周囲を山に囲まれた地形のため、被害の範囲が狭かったようです。
でも爆弾の威力は広島に落とされた物より強かったとか。

原爆投下から72年の歳月が流れましたが、こんな小さな日本の国土に2つも原爆が落とされたという事実は、何年何十年経っても忘れてはいけないこと…と、改めて思いました。



がむ

関ジャニ∞大好き。丸ちゃんファン歴8年目の、over50のうさぎミセスです。

関ジャニ∞10周年のエイトの日にブログを開設しました。目標は、20周年のエイトの日に、ここで「おめでとう」と伝えること。

ブログは《自分史》。
毎日、心のほとんどを占めている丸山隆平君の事、関ジャニ∞のことを中心に、日々感じることをあれこれ綴ってます(*^_^*)

コメントもお気軽にどうぞ(^.^)